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現実をコントロールする [真実]

あなたは操り人形ではない。だからといって、自分を人形遣いだと思ってうぬぼれる誘惑に負けないよう警告をしておこう。そうすると平衡状態が崩れ、他人に対するうぬぼれ、優越感、無関心、または軽蔑などの最初の兆しが現れた時点で、必ず痛い目に遭う。目の前の出来事全体を完璧にコントロールすることなど、たとえ夢の中であっても実現できない。あなたは選択する権利を持っているだけであって、変更する権利は持っていない。ゆったりとくつろいでよいのだが、客人であることは忘れないでほしい。「軽演劇」のような気分で問題に対処することは、だらしなくふるまうことでも慎重さを欠くことでもない。重要性を覚めた目で評価するということなのだ。意識性を、取り巻く世界をコントロールしようとすることと解釈するのは間違いだ。理性は、ことがらの展開を変更しようとすることや自説を主張すること、つまり、流れと闘うことに慣れている。もしあなたが観客席を下りて行ったら、力ずくでシナリオを書き換え、役者たちに自分の意志を押し付けたい誘惑に駆られることだろう。このようなふるまいをしてはいけない。なぜならそれは、流れと闘おうとする私的意図だけに基いているからだ。可能性の流れに沿って動くべきだということを何度も思い起こしていただきたい。意識性とは、コントロールではなく、観察することだ。コントロールは、白黒が反転したネガのような世界で手足をじたばたさせることなく、好ましいシナリオを思い描き、それを自分の人生に入れて、心から受け止めることだけに向けられる。世界に自分のシナリオを押し付けるのではなく、自分のシナリオの可能性を認め、その可能性が現実化するのを容認する。そして自分に対しては、そのような可能性の所有を容認するのだ。魂と理性が一致する場合に限り、あなたは世界と闘うのをやめ、その選択を容認するだろう。

ねだり屋、怒りん坊、無鉄砲者の役割は私たちにふさわしくない。人生という名前のついたゲームで、自分の運命の主にどのような役割を割り振るだろうか?それは見張り役という役割だ。現実の生活におけるあなたの意識性の度合いが高まれば、その分自分の運命を効率よく取り仕切ることができるようになるのだ。それに、見張り役という役割は、執行者という役割よりもずっと心惹かれる。指揮官、上司、リーダーなどは、単なる執行者と比べて、人生において意欲的に活躍する立場にいる。これは彼らが負っている責任が大きいからというだけではない。管理組織の中の労働者であれば、義務の執行者よりはむしろ見張り役の方がよい。平の労働者は強制されて自分の義務を履行しながら眠りこけてしまいかねないのだが、見張り役の方は置かれた状況から「より覚醒するよう」になる。あなたが見張り役の立場になってみれば、エネルギーがあふれ、活力がわいてくることをすぐに感じるだろう。なぜなら、今やあなたは、ただうつむいて他人の意志を遂行するのではなく、自分で自分の運命を切り開かなくてはならないからだ。自分の運命に対する責任は、荷物ではなく、自由なのだ。人が動物と異なるのは、知能のレベルというよりは、意識性のレベルにおいてである。動物は夢見ている状態により近い。動物の主な行動は、本能と条件反射という形で現れる自然によって組み込まれた紋切り型のシナリオで定められている。動物の行動とは、変更が利かないシナリオに従って劇を演じるようなものだ。その意味では、人間は「もっと覚醒している」。人間は、この世界における個人として、自分自身と自分の居場所をありのままに認識する。だが、それでも、人の意識性のレベルはまだたいへんに低い。人は部隊の上にいて、自分の役割を演じる。人はすっかりこのゲームに飲みこまれている。

いわゆる賢いと言われる人々の秘密は、意識性にある。頭脳の明晰ぶりは、意識性の度合いで決まる。明快に思考し明快に話す人々もいれば、頭の中がこんがらがっている人々もいる。頭の切れる人もいれば、頭の鈍い人もいる。これは知能の発達レベルではなく、意識性のレベルが異なるからだ。頭の切れが良くないというのは、「何も知りたくない。私を放っておいて」というように、望ましくない情報からの心理的防御だ。反対に、頭の切れが良いというのは、「全部知りたい」というように、率直さ、旺盛な探究心、情報を受け取って処理する願望だ。頭の切れが良くないのは、心理的発達の遅れによる結果である場合がある。これは、たとえば、幼いころに強制的に何かを勉強するよう仕向けられ、この際、心理的圧迫を受けたことが原因となっている。現実の生活で私たちがより深く眠り込んでしまうと、失敗を犯すこともそれだけ多くなる。ガラス窓にぶつかっていくハエも、深く眠りこけている。ゲームに没頭すると、現実を広い視野で客観的に眺めることができなくなる。ゲームでしつこく同じことを繰り返すと、知覚できる範囲が狭まり、周りが見えにくくなる。これが減員で失敗をすると、「私の眼はどこについていたのだろう」と言って、人は驚く。まるで狐につままれたように思う。エイプリル・フールの4月1日には、いっぱい食わされるものと誰もが知っているはずなのに、それでも人は罠にはまってしまう。これを白昼夢と言わずして、どう表現すればよいのか?

人が現実を直視したくないときには、多かれ少なかれ無意識性が現れる。ダチョウは、迫りくる現実から逃げ出したいと思うと、頭だけを砂の中に突っ込んで隠れる。人の場合は、「何も見たくない、何も聞きたくない、何も要らない、私に構わないで」というように、外の世界から隔絶されたいと望む。毛布に潜り込んで寝入ってしまうことはできないから、人は知らず知らずのうちに意識性のレベルを下げて、自分の知覚を遮断しようとする。たとえば、おとなしく悪気のない人は、自分の身を縮めて避けようのない一撃をよけようとする。しかし、その人はそれを撃退することはできない。なぜなら、意識性が恐怖によって遮断されていて、まるで目の前に幕がかかっているかのように反応が鈍くなっているからだ。同様に、怒りも理解の妨げになる。ゲームに頭までどっぷりと浸かってしまっている人は、周りのものが何も目に入らず、何も聞こえない。「腹立ちまぎれ」という言葉はここから来ている。恐怖と怒りは、無意識性の究極の現象である。しばしば集団は私たちの警戒心を軽く麻痺させようとする。たとえば広告は、人々が多くの時間を半意識状態で過ごしていることを利用して、ゾンビ化させる影響を及ぼす。取り巻いている現実を明確に知覚する意識性というものは、血液中にアドレナリンが放出される状況になったときだけ現れる。そんなわけで、夢の中で目を覚まし、「おい、お前たち、馬鹿にするのもいい加減にしろ。これは夢でしかない。それも俺様の夢なんだから、主は俺様であって、お前たちじゃない」というような文句を口にすることもたいへんに難しい。

意識性は、潜在意識から直観的な情報を引き出すのに役立つ。「なぜ私は急にこうしたくなったのだろう?」という思いにとらわれたら、それはしてよいことなのだ。魂の声はか細くて、ほとんど聞き取れないくらいだ。これに対し、理性は「黙れ、私には何が必要で、何をすべきか、自分でわかっているぞ」と答える。明け方の星々のさざめきに常に耳を傾けることを習慣にする必要がある。半意識状態では、内なる声がささやいていることに手遅れにならないうちに気づくことはほとんど不可能だ。たとえあなたが朝からあなたの魂の声を聞こうと準備していても、もし眠ってしまったら必要なときに思い出すことができなくなってしまう。以上から、魂と理性の一致が自動意図を生み出し、自動意図が私たち自身の利益に従うよう意識性がそのためのチャンスを与えてくれることを明らかにしてきた。夢の中での魂と理性の一致は、簡単に達成される。これは、夢の中であれば、権威を振りかざす理性から魂が自由でいられるという単純な理由によおる。意識してみる夢の場合は、コントロールする術はあるが、これはシナリオの修正にだけ向けられる。それ以外では、常識外れのこともすべて許される。夢の中では、理性はどんな軌跡でも受け入れることに同意する。アンデルセンの物語「火打ち箱」にはこんなエピソードがある。夢を見ていると信じ込んでいるお姫様が、兵隊と一緒に屋根の上を散歩することに応じるというものだ。このように、理性は、夢の中なら何でも好きなことを許してくれるのだが、現実の生活では常識的な世界観に病的なほど固執するのだ。

常識で考えられないことに関しては、魂と理性が簡単に一致することはない。常識とは、私たちを一生閉じ込めておく籠であり、そこからの脱出は一筋縄ではいかない。人は神秘的な教えに魅了されたり、空想に耽ったり、信じがたいことを信じたりすることがある。理性は偽りを装うかもしれないが、それでも本当のところ、理性はリンゴがやはりいつも地面に落下すると思っている。だから、自動意図を完全に自分に服従させることは極めて難しい。しかし、そうではあっても、意識性を高めるとコントロールできるチャンスが急激に膨らむことを、あなたは自分の体験で納得することができる。あなたの意識に見張り役が常駐していると、意識性は最大限に達する。見張り役は、ゲームが誰の利益のために行われているか客観的に評価し、あなたが操り人形のようにゲームに引っ張り込まれないよう見守る。いかなる瞬間でも、「眠っているのか?起きているのか?」と自問自答することを忘れてはならない。怖くなかったら、意識して見る夢を試してみるのもよいだろう。しかし、夢が終われば、いつもの現実に戻される。それよりも、意識して過ごす現実の生活の方を試してみる価値があるのではなかろうか?意識して過ごす現実の生活という選択肢は、あなた自身の好みによって世界の層を築く可能性をもたらしてくれるものだ。選択はあなた次第だ。

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