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病気のゲーム [真実]

誰もが一生のうちに一度くらいは何らかの病気になる。病気になると、不快なことや心配ごとが山ほど起き、ネガティブな考えや感情が発生し、それらは空間へと放射される。そのようなエネルギーは、病気と関係する等時性が成長するためには恵みの土壌となる。等時性はネガティブなエネルギーをいつも非常にうまく吸収する。

病気によって産み落とされた等時性は、最強の等時性のひとつである。何といっても病気や伝染病なのだ。そのような等時性と対極しているのが、ありとあらゆる医学の等時性だ。何と強力な構造だろうか。クリニック、サナトリウム、研究所、製薬工場、薬局、学会、教育機関。

医学の等時性の正式な目的は、病気の撲滅である。だが、現実には、病気の撲滅というのも、破壊的等時性につきもののネガティブな現象を山のように生み出す。なぜなら、破壊的等時性の主な目的は信奉者たちを引きつけて離さないでおくことだからだ。

たとえば公の医学は、正統とされない(つまり公式な医学のカテゴリーには属さない)治療法に対しては敵意を持って対応する。公の医学こそ時代遅れで信用のおけない考え方だという批判は、もしそれが伝統的でない治療の信奉者たちからのものであれば、非科学的と宣言される。新しいどのような治療法であっても、それが公の医学に属していなければ、公の医学からは強い敵意をもって迎えられることになる。一方、正統とされない治療法の信奉者たちも、正統とされる治療法について中傷することをためらわない。

病気の等時性や医学の等時性の影響下に置かれている人は、自分が若い頃味わった気分を取り戻すことができない。健康にまつわる問題で悩むことが少しもなかったあの頃の気分である。当時のあなたは健康に意義を与えず、自分の健康に単に注意を払わないだけのことだった。なぜなら健康が脅かされることはなかったからだ。従って、思考エネルギーの放射にも病気の等時性の周波数は含まれていなかった。

年を取るにつれて、程度の差こそあれ、あなたは徐々に病気の等時性の影響下に入ってくる。病気の等時性の周波数でエネルギーを放射することによって、等時性にエネルギーを与え、等時性との依存関係に陥り、病気がちな人生ラインへと乗り移る。そのため、以前のような健康を取り戻すためには、何よりもまず病気の等時性との関係から逃れる必要がある。それは、等時性からの情報を自分の中に取り入れず、等時性のゲームに加わらない、つなわち等時性から身をかわす方法を用いることを意味する。もしあなたが病気のことで深刻に悩んでいるのなら、治療のゲームに加わり、自分の身体に気を配る必要がある。そうすれば等時性は消え失せることになる。病気の等時性のふるまいに関する例をいくつか見てみよう。

毎日繰り返される薬のCMは、ある薬を飲んで健康を取り戻した幸せな人々のことをあなたに示してくれる。いや、それどころか健康面以外でも、彼らはあらゆることで大成功を収めているという。魅力的な餌ではないか。この餌は効果抜群なのだ。なぜならすでに考察してきたように、大部分の人々は半ば無意識な状態で暮らしている。あなたの脳には「薬局へ行き、薬を服用し、褒美をもらう----あらゆる場合の完璧な手順」というプログラムがインプットされる。だが、これはまだそれほど恐ろしいことではない。このCMには別のもっと深い意味を持つプログラムが隠されているのだ。

ちょっと考えてみよう。通常、CMにはきわめてまともで魅力があり、非常に成功している人々が登場する。(あなた、どうしたんです?気分でも悪いのですか?)。そのような人々は皆何らかの病気に罹るのだが、それでも服用した薬のお陰ですぐに元気になる(あなたもそのうちの一人なのだ)。私たちすべての意識と潜在意識には、誰もが病気に罹るようにできていて、すでに罹っているか、それともすぐに罹るのだという事実が叩き込まれる。こうして、多くの人々がゲームの条件を受け入れることになる。これこそが表立ったことにはされていないが破壊的等時性の真の姿なのだ。破壊的等時性は、人々を病気から全快させず、自分の信奉者にしておく、つまり人々の耳に「お前さんは病気だ。薬を飲まなければだめだぞ」と吹き込むことを使命と心得ている。

信奉者たちを引きずり込むための興味深い方法がもうひとつある。それはあいにくの天気だという予報を流すことだ。磁器嵐、気圧の急変、その他ありがたくない要因についての情報に基づいたものだ(そのような現象は、多かれ少なかれ、ほとんど毎日起きている)。それらのデータから、天気予報が作られる。「○○に罹っている方にとって、今日か明日は辛い一日となるでしょう」。起こり得るすべての病気と患者を待ち受ける病状を思い浮かべている等時性が、幸せのあまり胸がいっぱいになっているのは、さぞかし滑稽なことだろう。しかし、すぐにぞっとしてしまう。そうでなくても健康不安を抱えている人々の意識に、何という破滅的なプログラムがインプットされてしまったことか。そんなことを聞いてしまったら、家から外に一歩も出たくなくなるか、箱の中にでも閉じこもりたくなるかもしれない。もちろんあいにくの要因は気分に影響を及ぼすが、なぜ最初からそれに自分を同調させてしまうのか。多くの人々、とりわけ年配の人たちは、判決でも受けるようにして、等時性からの声に耳を傾け、あらかじめ病気気味になるプログラムや症状が悪化するプログラムを自分用に作り上げてしまうのだ。そのような予報などは、人々を自分の影響下に置こうとする等時性の恥知らずで厚かましい欲求の典型である。

そして最も典型的な話題とは、知り合いや親せきと健康について話すことである。そのような場合、健康増進ではなく、病気とその治療についての話になるのが普通だ。集まったうちの一人が何かに取りつかれたような表情で四六時中痛むところにてこずっていると言って話しの口火を切ると、二番手が待ってましたとばかりに、「年はとりたくないもの、と言うからね」と呻くように反応する。その場に居合わせた全員が病気の等時性の周波数でせっせとエネルギーを放射する。こんなエネルギーは、病原菌同様、感染力を帯びている。こうした集まりからは遠ざかるべきだ。さもないと、あなた自身が気づかないうちに病気の等時性の周波数でエネルギーを放射するようになってしまう。

病気の等時性を見分けるコツはとても簡単だ。病気の等時性は病気やその治療についての情報によってあなたをおびき寄せようとする。もしあなたがそうした情報を無視する、つまり情報を聞き流して、深刻には受け取らないようにしたのなら、等時性は意気阻喪し、あなたをそっとしておいてくれるだろう。これは等時性から身をかわす方法だ。もしあなたが病気やその治療に関する情報を小気味よい高笑いや嘲笑で迎えるのであれば、等時性は恐れをなしてあなたの前から姿をくらますことだろう。これは等時性の消滅である。

病気の等時性と別れたあなたは、完全な自由を得る。だが、その自由は長くは続かない。何らかの等時性の信奉者になっていたいというふうに人間はできているからだ。だから、そのうちあなたは等時性の影響下に踏み入るという危険を冒す。そうならないためには、健康増進の等時性の味方に加わり、宙ぶらりんの状態から脱しよう。健康増進の等時性は心身の強化につながるあらゆることを取り仕切っている。健康な生き方を志向する信奉者になれば、病気との辛く憂鬱な闘いと比べて、どれほど喜ばしくやりがいのあることかわかるだろう。

もし人が自分の健康に気を遣っているとすれば、その人が健康な人生ラインの周波数で思考エネルギーを放射していることは明白であり、だからこそ、その人は病気どころではないのだ。このように、対極に位置する二つの生き方がある。そのひとつが病気の治療であり、もうひとつが健康についての気遣いなのである。病気に対して、前者はその処理を内的意図で行おうとし、後者は外的意図にまかせようとしていることに疑いはない。あなたは健康なのか、病気なのかという自分の生き方を、自分で選んでいるのだ。

生理エネルギーは行動を実行することだけに消費される。意図は自由エネルギーを用いて形作られる。自由エネルギーは方向が逆に二つの流れとなって体を通過する。ストレス状態では意図のエネルギーは遮断される。ストレスから逃れるためには、目を覚まして、重要性を投げ捨てる必要がある。もし重要性を投げ捨てることが不可能であるなら、せめてリラックスしようとして力を消費することはやめよう。エネルギー体操を行うことで、あなたはエネルギー保護被膜を強化することになる。自由エネルギーを蓄えようとしてはならず、エネルギーがあなたの体を自由に通過するようにしてあげよう。高い生体エネルギー特性とは、幅の広いエネルギー・チャンネルのことである。エネルギー・チャンネルは、エネルギー体操によって十分に鍛錬される。肉体の浄化はエネルギー・チャンネルの幅を著しく広げる。病気になることと治療を受けることは、内的意図による。健康的な暮らしをするのは外的意図による。どんなことがあったも破壊的等時性のひとつである病気の等時性のゲームを受け入れてはならない。運動を行う際には、中心部を通るエネルギーの流れに注意を向けよう。意図とは、意気込むことではなく、注意を集中することである。

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