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抑圧された感情の貯蔵庫をすっかり空にするには、3か月ほどかかるでしょう。1年以上はかからないはずです

完全な目覚めへの障害--あなたが「誰になっているのか」の否認



時間と分離を通り抜けるこの長い旅で、あなたが「誰になっているのか」を否認することが、日常生活と人間関係でこの瞬間に留まることを難しくさせる理由です。

あなたが「誰になっているか」を否認すると、「本当は誰か」という真実が否認されます。あなたが「誰になっているのか」を否認すると、あなたは実在に定着することができません。

この地上に生きる目覚めた実在としてあなたは沈黙し、この瞬間に存在し、愛に満ちて、受け容れ、許容しています。深い思いやりに溢れています。恐れや批判をまったく持っていません。過去のすべてのトラウマと制限と、未来のあらゆる不安からの束縛を受けていません。安らかで、落ち着き、穏やかです。明晰で、強靭です。内からの真の力にみなぎっています。応答が適切でのびのびとして、自然体でいます。感謝に溢れ寛大で、この世界の非常に豊富な絶えることのない気づきのある状態で生きています。ワンネスの中に存在し、万物に息づく神の実在を感じ取っています。

この地球上であなたは軽やかに歩き、あなたの人生は統合された完全性と神の恩寵を表わしています。

心の世界に囚われて、この地上で一つのエゴとして機能しているときのあなたは、わたしが言及した目覚めた実在とは程遠い誰かとなっています。


あなたは誰になっていますか。わたしたちは皆、誰になっていますか。

欲求そのものになっている。欲深い。支配的。巧みに他者を操っている。嫉妬深い。憤慨している。怒っている。恐れている。批判している。期待に膨らみその期待が満たされないと憤慨する。自分自身や他者の批判に明け暮れている。記憶する過去に絡まり、想像する未来でさ迷っている。成功を切望し、失敗を恐れている。絶望的なほどお互いの中で自分を見失っている。非難や罪悪感となって現れる責任の放棄に深く関わっている。絶望的に二元性の世界の中でバランスを失っている。死を恐れている。失うことを恐れている。未知のものを恐れている。すべての人とすべての物に執着している。自分自身の苦しみにさえも執着している。愛されていないと感じている。受け入れられていないと感じている。自分自身の痛みを感じるのを拒絶し、痛みを感じるのを避ける手段として、その痛みを他者に与えている。幻想の世界の中で、その世界が真実だと主張しながら道に迷っている。利用している。濫用している。虐待している。

あなたが「誰になっているか」は、あなたは「本当は誰か」への入り口です。目覚めへの最も重要な鍵の一つは、エゴと心のレベルであなたが「誰になっているのか」ということを自覚して、そのことを深く受け止めて曝け出すことです。あなたはこれを避けて通ることはできません。あなたはこれを隠すことはできません。あなたはこれを迂回することはできません。あなたはこれを訂正することはできません。あなたはこれを変えることはできません。

あなたができることは、ただ鏡を覗くことだけです。あなたの人生はあなたが「誰になっているのか」を常に映し出す鏡です。あなたの人間関係はあなたが「誰になっているのか」を常に映し出す鏡です。

しかし、あなたは自ら進んでその鏡を見つめなくてはなりません。鏡をよくよく覗き込むと、あなたはそこに何を見るでしょうか。

あなたは被害者ですか。非難ばかりしていますか。怒っていますか。罪悪感を持っていますか。恐れでいっぱいですか。

「自分が誰なのか」と「自分が望むこと」を忘れて、他者の機嫌を取って、人生の多くを費やしてきませんでしたか。過去からの癒されていない感情的な傷を抱えたっまでいて、それを「今、この瞬間」に投影させていませんか。

自分自身、他者、人生について、あなたが持っている制限をもたらす信念は何ですか?それらの制限をもたらす信念が、あなたは「誰になっているのか」の、その大部分を決定します。

人間関係ではあなたはどのような態度でしょうか。支配的ですか。巧みに他者を操っていますか。正直ですか。気遣いがあって協力的ですか。愛を表現する方法を知っていますか。他者を利用していますか。他者を虐待していますか。批判ばかりしていますか。期待と憤りに溢れていますか。実際は大人のように着飾った子どもですか。両親との関係をあなたのパートナーに投影させていますか。自分の思う通りにいかないときの態度はどうですか。

自身の感情を感じることを自分自身に許していますか。責任を持って感情を表現していますか。自身の感情をどのようにして避けていますか。内から沸き起こってきた感情に対する責任をとっていますか、それとも、他者を非難して彼らに責任転嫁していますか。

心の世界から解放されるには「誰になっているのか」の、そのどの側面も自分が持っているものだと自覚して、そのことを深く受け止めて曝け出さなくてはなりません。そして、このプロセスをまったく批判しないで行うのです。

これは難しいことではありません。ただ無防備になる。率直で正直になる。もし欲深さが現れたら、その素性をつきとめる。欲深さを持っているのは自分だと認める。欲深さを曝け出す。あなたを批判しない人に自分が欲深いことを打ち上げる。あなたを批判しない人が見つからなければ、あなたの内なる静寂の、まさにその中心に存在する神に打ち明けるのです。

「神様、たった今、わたしの中から欲深いエネルギーが沸き起こってきました。うわー、わたしは本当に欲深い。神様、わたしは自分の欲深さを神様に打ち明けます。自分の欲深さを批判せず、拒絶もしません。ただ単に自分が欲深いのを認めます。しかし、欲深さのエネルギーから解き放たれて、実在に戻ることを選択します。この欲深さのエネルギーがわたしを暗闇と分離のさらに奥に連れて行くことは許しません。神様、わたしは今、より目覚めています。より『今、この瞬間』に根付いて存在しているので、心とエゴのレベルで自分が『誰になっているのか』を、実在の観点から簡単に見つめることができます」

あなたは「誰になっているのか」の、そのどの側面についても同様です。あなたがいつ、あなた自身や他者を批判しているのかに気づくのです。あなた自身や他者をコントロールする多くの方法に気づくのです。どうしてあなたが正しい必要があるのかに気づくのです。どのようにして、あなたが被害者になったのかに気づくのです。

「誰になっているのか」の側面が何であれ、そのどの側面も自覚して、そのことを深く受け止めて曝け出すと、その絡んだ糸が解けて、あなたは実在に戻ります。

あなたが「誰になっているのか」は、あなたは「本当は誰か」の真実ではありません。ところが、自ら進んであなたが「誰になっているのか」ということを自覚して、そのことを深く受け止めて、打ち上げて曝け出さない限り、あなたは「本当は誰か」の真実に目覚めることができないのです。

あなたが実在に定着するのであれば、これは通り抜けなくてはならない、おもしろくて、挑戦する価値がある入り口なのです。




完全な目覚めへの障害---抑圧された感情



あなたの内面に過去から抑圧されている感情があると、あなたは根本的にこの瞬間に存在することができません。

抑圧された感情は絶えず誘発され、その感情が引き起こると、あなたは「今、この瞬間」から引っ張られて、あなたがこの瞬間に投影している過去の体験の中に入っていきます。あなたはもはや人生の真実の中にはいません。退行しているのですが、あなたはこのことを意識的に気づいていないのです。

抑圧された感情が誘発されないときであっても、それは密かに染み出てきて、あなたの人生の体験を歪めます。

抑圧された感情のプロセスは幼少期に始まりました。子どもの頃、あなたは両親と一緒にこの瞬間に完全に存在してほしかったのですが、その欲求は満たされることはありませんでした。とても捉え難く、あなたは孤独と分離を感じたのです。両親に無条件に愛され、受け容れられることを必要としていても、その欲求の大部分は満たされることはありませんでした。

欲求が満たされなかったので、あなたは何度も傷つきました。そして、その痛みの反応として、あなたは怒るようになったのです。間もなくして、欲求、痛み、怒りの感情は耐え難いか、絶対に許容できないかのどちらかだと知ると、あなたはエゴの協力を得て、それらの感情を内面に抑圧するプロセスを開始したのでした。

それらの感情があなたの身体の内面に保持されている、抑圧された感情の貯蔵庫に、だんだんと蓄積されていったのです。




抑圧された感情の貯蔵庫



あなたの内面には、抑圧された感情の貯蔵庫があります。孤独と孤立の貯蔵庫、満たされなかった欲求の貯蔵庫、傷、悲しみ、苦痛の貯蔵庫、抑圧された怒りの貯蔵庫です。

抑圧された感情は、あなたの日常生活の中に洩れています。それが自己の意識を歪めて、あなたの人間関係に悪影響を及ぼすのです。時折、抑圧された感情は劇的に誘発されます。塞き止めていた感情が一気に爆発して、「今、この瞬間」とはまったく関係のない感情であなたは圧倒されるのです。絶えず過去の感情であふれていて、人生が不必要な痛みで満ちている人もいます。

孤独を感じたら、それは仲間との交流の時期だというサインです。ただそれだけのことです。誰か相手を見つけて結婚しなくてはならないということではありません。適切に応答する目覚めて成熟した「大いなる存在」として、友人に電話をして一緒にランチでも食べましょう。適切で成熟した応答を促す、ごく些細な孤独感です。

しかし、そのごく些細な孤独感が、あなたの内面で塞き止められた孤独と孤立の貯蔵庫の放出を誘発すると、あなたは突然、幼少期の感情で困惑するのです。友人に電話をする代わりに引きこもる。自分は愛されていない、自分は必要とされていないと、無意識のレベルで納得してしまう。自分が敗北者のように感じる。自分自身を恥じて、こんな自分を誰からも見られたくないと隠れてしまう。

痛みと怒りの感情も同様です。痛みと怒りの感情はあなたが「望むことを得ていない」か、「望まないことを得た」かの暗示です。穏やかに愛をこめて、あなたが望むことを求めるか、望まないことをはっきり述べることによって、痛みと怒りに応答するのが適切なのです。

しかし、痛みや怒りの感情が、過去の痛みや怒りでいっぱいになったら、あなたはもう適切に応答できなくなります。あなたはもはやこの瞬間に存在する、内からの真の力に溢れた適切に応答する大人ではなく、引きこもってすねるか、非難の恨みでいっぱいになって怒り出すかのどちらかで、幼少期とまったく同じ反応をしている傷ついた子どもなのです。

あなたが実在の状態を深めて、日常生活や人間関係においても、根本的にこの瞬間に留まるためには、抑圧した感情の貯蔵庫を空にしなければならないでしょう。




抑圧した感情の貯蔵庫を空にする



目覚めて、実在の状態に常に定着するようになるには、感情の抑圧のプロセスを逆回転させましょう。内面の抑圧したすべての感情を、意識的で責任を伴った表現へと変化させるのです。

ひとたび、完全にこの瞬間に存在する技術を身に付けて、また、感情との正しい関係を築いたならば、感情の抑圧のプロセスを逆回転させることは難しいことではなく、時間がかかることでもありません。

数日間、朝起きたときと、夜眠りに就くときに、次の祈りを神に捧げましょう。

「最愛なる神様。わたしの願いは実在、愛、真実、ワンネスを深めることだけです。もし、実在、愛、ワンネスの中に在ることの障害となっている抑圧された感情がわたしの内面にあるならば、癒しと、完了と、解放のために、抑圧されている感情が意識的で責任を伴った表現となって現れるよう、わたしの人生において感情が誘発されるようにと演出してください」

感情が沸き起こってきたら、取り除こうとしないことが重要です。あなたがただ単に、感情が忠実に表現できるようにと、感情を招いたのです。

感情は過去のストーリーを伴った現れるでしょう。そのストーリーを明らかにさせましょう。しかし、ストーリーを信じ込んではなりません。

あなたはまるで二つの役を演じているような感じです。

あなたは愛を強く欲しています。悲しんでいます。傷ついています。怒っています。非難して、感情を完全に、そして忠実に表現しています。そのもう一方では、感情が沸き起こってきたときに、あなたは完全にこの瞬間に存在しています。感情があなたの内から現れてきたとき、あなたは全体の成り行きを見つめています。その感情は「今、この瞬間」とは一切関係のないことだと、あなたは知っています。その感情はただ過去が完了のために現れただけだと、あなたは知っています。ですから、どちらかと言えば、あなたはこのすべての体験を心穏やかに楽しんでいるでしょう。

これはセラピーではありません。あなたは何かを修復しようとしたり、何かを排除しようとしたりしていません。苦しい感情を抑圧するという、あなたが子どもの頃に決断したことをただ訂正しているだけです。あなたは抑圧した感情に「存在して表現する権利」を復活させているのです。

しかしながら、目覚めた「大いなる存在」として、あなたは責任を持って感情を表現しています。責任を持って表現された怒りは笑いに至ります。悲しみが沸き起こってきたら、泣きましょう。すぐに悲しみは消えていき、喜びに取って代わるでしょう。





この瞬間に沸き起こる感情はあなたの友人



抑圧された感情の貯蔵庫をすっかり空にするには、3か月ほどかかるでしょう。1年以上はかからないはずです。すると、あなたはこの瞬間に沸き起こる過去とは一切関係のない感情と、まったく新しい関係を始めることができるのです。

この瞬間に沸き起こる感情はあなたの友人であり、メッセンジャーです。この瞬間に起こったことは何であっても、その適切な応答の仕方を教えてくれるでしょう。

お腹が空いていると感じたら、何か食べる。喉が渇いたと感じたら、何か飲む。寂しいと感じたら、友人に電話をかける。友人と出かけて困惑したら、丁重にその場を去って、静かな時を待つ。何も複雑なことはありません。あなたの感情は一瞬一瞬に応答する方法のヒントとサインです。

反応するのではなく、応答しましょう。「今、瞬間」のあなたの体験を歪めるような、過去からの抑圧されてきた感情が溢れていない限り、応答はとても単純なのです。



完全な目覚めへの障害---他者との絡まった糸のもつれ



目覚めるとは「過去と未来から自由となって『今、この瞬間』の中に解き放たれている」という意味です。また、「他者との絡まった糸のもつれから自由となって、本来の自分自身でいられる」という意味でもあります。わたしがあなたに絡まっているならば、どうやって「わたしは誰か」を知るのでしょうか。あなたがわたしに絡まっているならば、どうやって「あなたは誰か」を知るのでしょうか。目覚めるには「互いの絡まった糸のもつれ」から、わたしたち自身を自由にさせなくてはなりません。

「他者との絡まった糸のもつれ」とは、どのような意味でしょうか。

あなたに愛されたい、受け容れられたいならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたに認められたい、賛成してもらいたいならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたからの支持を得ようとしてあなたの機嫌を取るならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたの批判や不賛成を懸念するならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたから拒否されるのを恐れるならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたを巧みに操り、コントロールするならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたへの責任を負っているならば、わたしはあなたに絡まっている。あなたを非難し、責めて、憤慨しているならば、わたしはあなたに絡まっている。

わたしたちは皆、絶望的なほどお互いに絡まっているのが事実です。わたしたちは皆、絶望的なほどお互いの中で自分を見失っているのです。





あなたの力を明け渡す



誰かがあなたのことを好いている、あなたのことを認めている、あなたのことを受け容れているならば、あなたはとても気分がいい。意気揚々となる。自分は価値のある存在だと感じる。ところが、誰かがあなたのことを好きではない。あなたのことを認めない、あなたのことを受け容れないならば、あなたは意気消沈となる。自分が価値のない存在だと感じる。このようにして、あなたは自身の力をすっかり明け渡しているのです。あなたは絶望的なほど、他者に絡まっているのです。





他者との絡まった糸のもつれからあなた自身を解放する



他者との絡まった糸のもつれからあなた自身を解放するには、他者との関わり合いの中で自分自身を見失うあらゆる点を、意識まで浮上させなくてはなりません。

他者に「愛されること」「受け容れられること」「認められること」を求めていると気づいたら、その都度、あなた自身の力を譲り渡していることを自覚して、そのことを深く受け止めて曝け出すのです。認められたいがために、他者の機嫌を取っていると気づいたら、そのことをまったく批判しないで、自覚して、深く受け止めて曝け出すのです。

ふざけて、責任を伴って表現された怒りは、あなたの力を取り戻す解放の力となるでしょう。





アンジェラと男性への機嫌とり



ある目標の夜、カリフォルニア州マリーンで、目覚めと自分自身に誠実である必要性についての話をちょうど終えたとき、わたしは誰かがすすり泣いているのに気付いた。その泣き声は40代前半の魅力的な女性、アンジェラだった。



「大丈夫、浮かび上がってきたものを、そのまま出してしまいなさい」と、わたしは言った。

目に涙を浮かべたまま、彼女はわたしを見上げたので、わたしは訊ねた。「その涙は何を語ろうとしているのだろうか」

「わたしの父についてです」と、彼女は答えた。

「父親の何について?」

「父はとても冷酷なので、わたしは何年にも渡って父の機嫌を取ろうとしてきました」

「あなたの努力は報われただろうか。あなたは彼の機嫌を取ることはできたのだろうか」

「いいえ」と、彼女はかなり絶望的に答えた。


彼女の問題点はすぐに明らかになった。父親の機嫌を取ることで彼から受け入れられ、認められようとして、彼女は自身の力と自己の意識を明け渡すのが身についていたのだ。他者の機嫌を取ることは、わたしたちが自分自身を見失い、自身の力が奪われるようになる主な習慣の一つである。そして、それが他者との絡まった糸のもつれの中で発展して、解消するのが非常に困難になる場合もあるのだ。

「あなたは何年にも渡った、父親の機嫌を取ろうとしたにもかかわらず、失敗に終わっている。もしここに彼がいるとすれば、あなたは何て言いたいだろうか」と、わたしは訊ねた。

「お父さん、あなたの機嫌を取ろうとしてきたけれど、わたしはもうこれ以上できません。わたしにはできません」と、彼女は懇願していた。それは被害者の声だった。

「もしあなたが自分自身を解放したいのならば、あなたのいうことはそれではない」と、わたしは言った。

「わたしは本当に一生懸命にやりました」と、彼女は正しい言葉を見つけようとして言ったが、声のトーンは懇願と困惑に満ちていた。

「それじゃない」と、かなりはっきりした口調でわたしは言った。

「わたしは20年間結婚していましたが、どんなに努力しても主人の機嫌を取ることは不可能でした。そして、最近、お付き合いしていた人は、突然、わたしの元から去って破局となったのです」

「あなたは彼の機嫌を取ろうとしただろうか」と、尋ねると、彼女は泣きながらイエスと答えた。今までの人生で、すべての男性に対して同じように接してきたことが次第にわかってきたようだった。

彼女はむせび泣き始めた。たとえどんなに懸命に男性の機嫌を取って認められようとしても、これまでの人生で男性から愛されたと一度も感じたことがないという、深い痛みを彼女は感じていた。

「あなたは前のご主人になんて言うだろう。何年も彼の機嫌を取ろうとしたにもかかわらず、あなたはまだ彼から認められていない。あなたは彼に何て言うだろうか」と、わたしは質問を続けた。

「わたしはあなたを愛していたけれど、上手くいかない。上手くいかないのよ」と、彼女はむせび泣きながら言った。

「違う、それじゃない」と、わたしはできるだけ彼女に同情を見せないようにして言った。

「わたしはとても一生懸命に努力しました」と、彼女は言った。

「違う、それでもない」と、彼女に言った後で、わたしはこの場にいるワークショップの参加者の全員を見回し、「彼女が理解するまで数時間も、皆でここに座っている価値があるだろうか」と、ユーモアを交えて訊ねると、アンジェラも、皆も笑い始めた。そして、笑いが収まったところで、彼女は率先して再び答えを探そうと試みた。どうにかして理解しようと、彼女は決心したようだった。

「わたしはあなたの機嫌を取ることはできない」と、彼女ははっきり言った。

「いいや、それも違う」

「彼女は再び、彼女自身を内からの真の力に漲らせる言葉を見つけようとした。

「わたしはあなたの機嫌を取る方法がわかりません」と、彼女は模索しながら言った。参加者から深いため息がもれた。皆、彼女に示唆したくてたまらない様子だった。

「それじゃない。では、後2分あげよう。それでもわからなければ、これで切り上げるとする。今この場で理解できなければ、あなたはこの答えを求めて後25年はさ迷い続けるだろう。そして、恋愛するたびにボーイフレンドの機嫌を取っても、決してうまくいくことはないだろう」

「わたしは今この場で理解します」と、彼女は主張した。

「では、もう一度質問しよう。あなたがどんなに懸命に努力しても機嫌を取ることができない人に、あなたは何て言うだろうか。自分自身を内からの真の力に漲らせたいならば、あなたは何て言うだろうか」

「あなたの機嫌がよくなることはありえない」と、これが適切な答えだったらという望みを持って、彼女はわたしを見ながら言った。部屋中に笑いが沸き起こった。

「違う」と、わたしは強く言った。

「わたしはあなたの機嫌を取ることはできない。わたしはあなたの機嫌を取る方法がわからない。わたしはあなたの機嫌はもう取りません」と、彼女は言った。

「まったく救いようがない」

彼女はすっかり途方に暮れていて、まったく手掛かりがないのは明らかだった。「それでは、彼女にヒントをあげるべきだろうか」と、皆を見て訊ねると、イエスという声が沸き起こった。そして、わたしはアンジェラに向かって言った。「では、ヒントをあげよう」

彼女はヒントへの切実な期待を込めたわたしを見つめた。幼少の頃から彼女が今まですべての男性との関係に投影してきた非常に不健全なパターンから、これで解放されるかもしれないのだ。

わたしは劇的な効果のために、しばらく間をおいてから彼女にヒントを言った。「それはたった一言ですむ」

彼女は目を輝かせた。言うべきことがやっとわかったようだった。

「バカヤロー」と、彼女は思いっきり叫んだ。

彼女はこのシンプルな解放の一言をありったけの力と勢いを込めた言った。もし、彼女の父親、離婚したパートナー、去っていったボーイフレンドがこの場に居合わせたら、3本のボーリングのピンがレーンに雪崩れるように、彼らは打ちのめされただろう。

「そう、それなんだよ」と、わたしは彼女を称えた。

彼女は皆からスタンディング・オベーションを浴びた。そして、大喝采が彼女の笑い声でかき消されそうになった。彼女はとても深く安心したように見えた。

「あなたが席に戻る前に、しめくくりのガイダンスをしよう」と、わたしは言った。「あなたは自分自身の力を他者から認められようとして明け渡してきた。あなたは自分自身の力を取り戻さなくてはならない。あなたは自分自身を取り戻さなくてはならないのだ。

怒りがあなたを解放する。あの一言があなたを解放するだろう。神はわたしたちが正しいやり方で怒りを表現することができるようにと、あの一言をわたしたちにくださった。さもなければ、怒りは積もり積もって内側へと向かい、あなたからさらに力を奪うだろう。

あなたは責任を持って、怒りをふざけながら表現する技術を身につけなくてはならない。道を歩いている時は、スーパー・マーケットで見かける男性全員に向かって、黙って心の中でこの一言を言う練習をしてみなさい。彼らが知り合いかどうかは関係ない。ただ気が済むまで彼らを罵るんだ。わかったかな」